きまぶろ

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DNAの98%は謎(小林武彦)

 人の全遺伝情報のうち、遺伝子としてタンパク質に翻訳される部分はたったの2%だけ。残り98%の非コードDNAは無駄な部分と考えられてきた。分子生物学の始まりから、ヒトゲノムの解読を経て、非コードDNAの役割とその未来について、最新の研究成果も踏まえて解説されている。

 DNAの2%が解明され、残り98%が未解明かのような誤解を与える書名だが、「DNAの98%にあたる非コード領域には謎が多い」を略したと思おう。

 

 

以下メモ

 人のDNAではエクソン(タンパク質をコードしているDNA)が約2%だけで、残りの98%は非コードDNA領域で、イントロン(約20%)、エンハンサ・プロモータ(約20%)、偽遺伝子(約10%)、SINE(15%)、LINE(約20%)、レトロウイルス型(8%)、重複・単純反復から成る。

 初期の遺伝子研究は原核生物大腸菌で行われていたが、真核生物のDNA研究として酵母菌が使われるようになった。酵母菌はブドウの皮にもともと付着しており、実をつぶして放置しておくとアルコール発酵をしワインができる。出芽酵母には雌雄のようなものとしてa型とα型があり、接合で2倍体になり、栄養条件が悪くなると減数分裂をして胞子になる。酵母菌のゲノムサイズは約1200万塩基対で、遺伝子は約6000。1遺伝子あたり1000~1500塩基対になっている。非コードDNA領域は30%である。

  ヒストン8量体にDNAが巻き付いた球状構造をヌクレオソームと呼び、ヒストンに就職が加わると、きつく閉じて遺伝子が眠ったり、ゆるく開いて遺伝子が起きたりする。これはよそ者由来の遺伝子対策のために進化上生まれた仕組みで、起きたDNA(ユークロマチン)はコード領域、眠ったDNA(ヘテロクロマチン)は非コード領域におおむね対応する。

 ヒトの女性の性染色体はXXで相同だが、男性はXYで相同ではない。Y染色体は精巣形成に関わるごくわずかの遺伝子のみを乗せている。女性のXXでは遺伝子による産物量が2倍になってしまうため、ランダムに一方が丸ごとヘテロクロマチン化して不活性である。

 猫の毛色を決める遺伝子のうち、白は常染色体にあり、雌雄の差はない。オレンジ色はO遺伝子(優勢=顕性)で、対立遺伝子は黒のo遺伝子(劣性=潜性)である。ヒトと同じように、メスの猫の性染色体XXは発生の初期の細胞数が少ない時期に一方が不活化する。O遺伝子が不活化すると毛色は黒で、o遺伝子が不活化すると毛色はオレンジとなり、これらが発生につれてそれぞれの領域を広げるので、白地に黒とオレンジのモザイクとなる。つまりメスの三毛猫である。オスの性染色体はXYなのでモザイクにはならないはずだが、極まれに染色体不分離が起きてしまい、3倍体XXYの雄が3万分の1で生まれる。このオス猫はXXのメス猫と同様にXの一方がランダムに不活化するので、三毛猫となる。非常にまれだが、オスの三毛猫も存在しているということだ。ただし、このオス猫は性染色体が3倍体のため精子形成がされずに不妊である。

 ヒトの遺伝子数は約22000あり、RNAに転写され、続いてタンパク質に翻訳されると、22000種のタンパク質が作られることになる。しかし、ヒトの遺伝子数は約10万である。(タンパク質は場所的にも時間的にも偏在するので、すべてのタンパク質がカウントされているわけではない)これは、選択的スプライシングで1遺伝子から複数のタンパク質が作られていることによる。スプライシングとは、DNAから転写されたRNA鎖が核膜孔付近でイントロンを切り落とされることである。

 ヒトの遺伝子を大きい順に並べると、上位には脳、神経系の遺伝子が多い。これはコードしているタンパク質が大きいわけではなく、イントロンが巨大であることによる。イントロンは脆弱部位で複製と転写が衝突し、複製が阻害され、DNAが切断されやすい。つまりイントロンは変化、進化しやすい性質がある。

 DNAの変異の多くはSNP(single nucleotide polymorphism)であり、置換・挿入・欠損がある。2型の糖尿病を例にとると、日本人では原因SNPが10以上発見されている。この中にはインシュリンが少なく、糖を貯蔵するには効率が良い遺伝子もあるが、食糧事情の良好な現代日本では肥満などの原因にもなる。

 双子であっても遺伝子コピー数の変化(CNV:copy number variation)が数万か所ある。

 いまだ進化の途中とも言えるヒトの色覚は増幅遺伝子の働きがある。三原色に対応する錐体細胞は、遺伝子族服であり、染色体の位置も移動して現在のようになった。青は7番染色体上にある。赤と緑はX染色体上にあり類似もしている。哺乳類の祖先は夜行性なので、暗い光に反応する桿体細胞が多いと生存上優位であった。木の実を食するようになると、昼行性で色の識別が生存に優位に働くようになり、錐体細胞が増えてきた。赤と緑の色覚タンパクをコードしているDNAは類似しているため、両者間で相同組み換えを起こしやすい。これは色の見え方が個人間で多様性があることを示唆している。色覚異常(=色覚多様性)も起こしやすい。色覚多様性はX染色体が1本だけである男性に多く、日本人では5%、欧米人では10%が赤と緑の区別ができない。

 リボソームはm-RNAからタンパク質を翻訳する場で、リボソームの有無で生物・非生物の線引きがなされる。「RNAワールド仮説」も登場するほどリボソームは古くから存在しているし、量的にも非常に多い。出芽酵母では全タンパク質の70%がリボソームタンパク質で、全RNAの60%がリボソームRNAである。すべての細胞で発現し、細胞の維持に必須の役割を果たす遺伝子を「ハウスキーピング遺伝子」と呼び、リボソームはハウスキーピング遺伝子の王様である。リボソーム遺伝子はゲノム内にコピーを持ち、大腸菌ではばらばらの場所に7コピー、酵母菌では一か所に150コピー、ヒトでは350コピーが5か所にリピートしている。

 リボソームRNA遺伝子には複製阻害点がある。通常の遺伝子では複製が阻害されると、細胞分裂時に染色体の一部が失われたり、変なところでつながって不安定化する。リボソームRNA遺伝子では、わざと不安定化させることで増幅のための組み替えを誘導している。

 偽遺伝子からはm-RNAは転写されるが、タンパク質まで翻訳されず遺伝子の化石とも言える。このm-RNAは分解される際におとりになるなど、他のm-RNAに影響を与えている。

 ヒトの免疫機構は複数領域からの組み合わせで多様性を確保している(V遺伝子60×D遺伝子30×J遺伝子10など)が、鳥類の免疫はヒトとは異なり、偽遺伝子が免疫グロブリン下流にあり、遺伝子変換で非常に変化しやすい。鳥類では配列そのものが変化する。

 非コードDNA領域で最大の物はリボソームRNAで、これは老化にも関連している。

 Y染色体も非コード領域が多い。X染色体は遺伝子が1000以上あるのに対し、Y染色体は50~80程度しか遺伝子を持たない。非コードDNA領域は進化が速い。もともとX染色体とY染色体は相同だったが、、性の分化が起こり、性の決定に関わるようになってから、一方の染色体の余分な部分を削ぎ落としてきた。Y染色体は残ったごく一部を使い、減数分裂時にX染色体と対合できる。だが、500万年後にはY染色体は消滅するとの説もある。

 先進国では人口が減り、途上国では増えている。生物種として、途上国の繁栄は今後も期待できる。