きまぶろ

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ウイルス大感染時代(緑慎也)

 2009年に新型インフルエンザが流行した。このときのウイルスは従来型のH1N1が豚の体内で変異したもので、抗体がある程度有効で、大きなパンデミックにはならなかった。

 従来型インフルエンザ(季節性インフルエンザ)は呼吸器でしか感染、増殖しない。H5N1などの高病原性インフルエンザは血液から肝臓、腎臓、脳など全身感染を起こす。

 インフルエンザウイルスはA型、B型、C型があり、毎年流行し症状も重くなるのはA型である。インフルエンザウイルスは表面にスパイク上の突起があり、その8割がヘマグルチニン(HA)で、残りの2割がノイラミニダーゼ(NA)である。ヘマグルチニンは16種類あり、細胞表面のレセプター(受容体)に付着する働きがある。ノイラミニダーゼは糖タンパクの一種で9種類あり、宿主細胞の細胞膜を破壊し、自身の増殖後の再取り込みを防ぐ。

 HAとNAの組み合わせは16×9=144だが、他の遺伝子部分も変異があり、毎年練習を繰り返している。

 インフルエンザウイルス感染の第一段階はウイルスが宿主細胞表面のレセプターに付着し、細胞膜にくるまれて宿主細胞に飲み込まれる。小胞として細胞内にトラップされている状態で、このままではウイルスは増殖できない。第二段階は開裂で、HAが特定の場所で切断されること。開裂されるとウイルスが小胞から解き放たれる。ヒトの場合、レセプターが多いのは上気道と気管である。HAを開裂する酵素(プロテアーゼ)は上気道、気管のみに存在する。これらのため、ヒトのインフルエンザは局所感染となり、全身には感染しない。ニワトリでも病原性の「低い」鳥インフルエンザウイルスは呼吸器か腸管のみの局所感染である。

 一方、H5N1は全身に存在するタンパク質分解酵素で開裂できてしまい、ニワトリだと致死率は100%になる。H5N1は鳥型レセプターにしか付着しないが、鳥型レセプターがヒトの肺の一部(細気管、肺胞)にも存在し、ヒトでも全身感染を起こしうる。従来型の季節性インフルエンザウイルスは喉の浅い部分がターゲットで、咳やくしゃみでも容易に感染するのに対し、H5N1は喉の奥(肺)までいかないとターゲットがなく、感染した鳥の糞便を大量に吸い込んだり、生肉を食べる、血液に触れるなどしないとヒトには感染しないと思われる。ただし、いったん付着してしまうと、呼吸器以外にも少量の鳥型レセプターがあるので、全身感染を起こしてしまう。

 H5N1のヒトでの致死率は50%以上である。2003年以降では約500人が死亡し、東アジア、東南アジアだけでなく、最近ではエジプトでも多発している。H5N1は遺伝子にあと4か所の変異が起こるとヒト型になりうる。ウイルスの変異速度はヒトの100万倍との説もあり、いずれヒト型に変異するのは間違いないと思われる。

 人類がいままでに根絶できた感染症天然痘だけで、天然痘ウイルスはヒトのみに感染する。インフルエンザウイルスはヒト、鳥、犬、猫、馬、クジラ、アザラシなどにも感染する人獣共通感染症で、根絶はほぼ不可能。すべてのA型インフルエンザウイルスは、あるカモのA型ウイルスを祖先として、突然変異を繰り返すうちに、様々な生物へ感染するタイプが生まれた。インフルエンザウイルスはカモでは感染しても症状が出ない。(不顕性感染)

 H5N1の他にH5N2、H5N6、H5N8、H5N9、H7N9などがあり、H5N6とH7N9は人へ感染し死亡例がある。

 新興感染症としては、エボラ(コウモリから)、MERS(ヒトコブラクダから)、ラッサ熱(げっ歯類から)、SARS、ウエストナイル熱、HIVマールブルク熱などがある。また、再興感染症としてジカ熱、マラリア、ペスト、ジフテリア結核コレラなどがある。新興感染症や再興感染症が増加している理由の一つは都市化により、今まで人が住まなかった場所に住むようになり、獣との接触が増えたことがある。交通網の発達も大きい。

 家畜の飼育密度の高い場所と高病原性インフルエンザの発生場所が重なっている。感染症対策の有無よりは飼育規模の影響か大きいようだ。

 鳥の体温は42度で鳥インフルエンザはその42度で効率的に増殖する。ヒトのインフルエンザウイルスは上気道の33度でRNA依存RNAポリメラーゼの働きにより増殖しやすい。豚の体温はヒトと鳥の間の39度で、しかも豚は鳥インフルエンザにもヒトインフルエンザにも、もちろん豚インフルエンザにもかかる。大半は不顕性だが、遺伝子最終号でこれらのウイルスの遺伝子がミックスされることがある。

 ウイルスには遺伝子のタイプ別にDNAウイルスとRNAウイルスがある。インフルエンザウイルスはRNAウイルスで、DNAポリメラーゼによる遺伝子修復機構が働かない。つまり、いったん変異が起こればその変異が蓄積していくことになり、一説には変異速度はヒトの100万倍とも言われる。

 20世紀以降のインフルエンザのパンデミックは4回あり、1918年のスペイン風邪(H1N1)、1956年のアジア風邪(H2N2)、1968年の香港風邪(H3N2)、2009年の新型インフルエンザ(H1N1)

 スペイン風邪は世界人口12億人のうち6億人が感染。4000~5000万人が死亡している。ウイルスはH1N1型の一種。アジア風邪はH2N2、香港風邪はH3N2

 哺乳類の胎盤形成に関わる遺伝子PEG10はウイルス由来であることがわかっている。ウイルスの歴史は古く、またウイルスがなければ人類は誕生していない。ウイルスは敵でもあり、仲間でもある。いずれは共生していくことになるだろう。