きまぶろ

本とアニメと気ままな生活のブログ

透明人間は204号室の夢を見る(奥田亜希子)

 独り暮らしをしている売れない作家の実緒は小説を書く手が進まず深夜バイトで生計を立て、誰にも見られることのない自分が服を着る必要はないと自室で全裸生活を始める。人の言葉は額面通りに受け取ってしまうし会話のキャッチボールが苦手で自然で奇妙な表情しかできず、他人と会わなくても済むという理由で始めた作家業も行き詰ったなかで、実緒は自身が透明人間となって街をさまよう妄想にふける毎日になる。ふと書店で見かけた大学生の春臣に惹かれ家まで後をつける。思うままにイメージを文章にした掌編を春臣のポストに投げ込むようになり、SNSで大学生のアカウントを探し、付き合っているいづみのアカウントも遠くから見守るようになる。そんななかいづみが共同出版をすることを知り、詐欺まがいの可能性もあることを知らせる必要に駆られ、アカウントを作り連絡を取る。連絡を受けて会ったいづみは明るく爽やかで清潔感もあり親切だった。はじめは澪といづみだけで会うが、のちに春臣も加わって3人で友達のように付き合うようになる。だが3人でのドライブを終えたあとにいづみの本心を知ってしまう。他人が自分に近づいてくるのは即物的なメリットを求めているときだけ。わかっていたはずなのに忘れていた。

 

 作者が第37回すばる文学賞を受賞し、その2年後に書かれた作品。表現や風景の描写が素晴らしい。嫌悪感を催す登場人物がいないことも個人的には気に入っている。人並みの生き方はできないと自覚し、自分らしい生き方を探し続け苦悩する実緒。思わず手を差し伸べたくなってしまう。

 異質な名詞を組み合わせて「~は~の夢を見る」という、よくあるキャッチーなだけのタイトルかと思っていたが、実際にはある意味タイトルの通りの内容で、いい意味で驚いた。奥田亜希子の本を読むのは「五つ星をつけてよ」「リバース&リバース」に続いてこれで3冊目。同じ作家の本を何冊も読むと、自分には合わないと感じたり読後感が悪かったり、あきらかに雑だったりするのがあるものだが、奥田亜希子の作品にはそんなことはなく安心して楽しめる。

 作家が登場人物にいると、作者の一部が何らかの形で投影されているのではと勘ぐってしまう。本作でも作家の生活や仕事に関するエピソードが多く書かれている。練られた表現からは、作者も推敲や校正が好きだろうとわかる。ほかにも昼夜が反転しているかもしれないし、パソコン不調で執筆中の文章が消えたかもしれないし、さらには全裸生活をしているかもしれない。