きまぶろ

本とアニメと気ままな生活のブログ

はじめましてを3000回(喜多喜久)

 「くだん」という単語をご存知だろうか。漢字だと、「件」と書く。

 国語辞典を見ると、「前に述べたこと」とか「例のこと」とか、そういう用法が出てくる。「くだんのことで相談がある」といった具合に使われる。

 でも、俺が言いたいのはそっちじゃない。

「くだん」という名の妖怪のことだ。

 

 成績優秀で中学以来の趣味がプログラミングという恭介は歯医者で佑那と出会い、不可解な話をしてきた。佑那は「くだん」に呪われているという。くだんは頭が人、身体が牛の姿をしていて、呪われた人は夢を見た通りに行動しないと死ぬというのだ。恭介は半信半疑のまま、佑那の夢の通りに行動する。くだんの夢に従い、二人は付き合うことにしキスもする。しかし、事故に遭う運命だった恭介を救うため佑那はくだんの夢に背き、その場で息を引き取ってしまう。一か月後、佑那の日記を読んで恭介が決意したことは。

 

以下、ネタバレあり

 まず表紙が不穏に感じる。「はじめまして」という様子ではない。普通ではない雲の形、不自然な影を見ると不安になるし、少女の足の向きはどう見ても別れを表している。 しかも駅のホームに残る者からの視点、つまり彼女がこの世界に別れを告げていると捉えられる。少女の笑顔もひきつっているし、大きな街の夏の日中なのに人気もない。

 タイトルからループ物を想像した。3000回ループするのだろうという予想。小見出しに2840などと数字がついているのは2840周目ということだろう。だが、経過日数の分だけループ数が増えているから違うのか。恭介も予知夢を見ているので、「くだん」の呪いにかかっているのだろう。「わたし、冗談とかよくわかんなくって」とあるし、佑那はアンドロイドかAIロボットか、佑那「くだん」とは未来の世界から佑那をタイムトラベルさせた元凶なのか、などと妄想したりしながら読み進めた。

 タイムトラベルで過去改変することもなく、恭介は比較的実現可能な方法で佑那との再会を目指したことになる。それはシミュレーション仮説を文字通りシミュレーションとして実現させること。とすると、もとの世界自体もシミュレーションであったことを疑いたくなる。もとの世界がシミュレーションであるならば、くだんの存在も問題ない。

 夢は恭介が死ぬシーンまでを何度も夢で繰り返し、夢の予知の通りにしなければ死ぬ。ということは、佑那がくだんを裏切ることをくだん自身も知っていたような気もする。そして恭介が世界シミュレーションを完成させるように仕向けたようにも見える。やはり、もとの世界もシミュレーションなのであろう。

 小見出しの最初にある数字は「はじめまして」の挨拶を交わした回数。2838+1というのは、今までに2838回夢の中で「はじめまして」を交わし、今回現実世界でプラス1回されるということ。佑那が毎晩見る夢でプラス1回されるので、カウンターが1日につき1回ずつふえるということ。夢の中での2999回の「はじめまして」と現実世界でのたった1回の「はじめまして」を合わせて、3000回ということだ。

 シミュレーション内シミュレーションの世界でプログラム言語phtyonで作られた「while True」ブロックで無限ループを繰り返す。それはくだんの呪いに束縛されたループではなく、佑那にとっても恭介にとっても自由なループである。